電波男
今さらながら読んでみました。
現在は「恋愛資本主義」が崩壊していく過程にあり、これからは「萌え」の時代である、というのがメインテーマ。極端な主張だが、あながち外れていないと思う。
昨今話題の「格差社会」は、恋愛においても起きている。と言うよりは、先取りしていると言っても良いだろう。マスコミに煽られた価値観で恋愛の基準が定められ、そこから外れると残酷なまでに減点される。一定基準を満たさないものは、端から相手にされない。こんなものは本当の恋愛ではない。
それでも、高度成長やらバブルやらで全体が右肩上がりの成長をしているうちは、多くの人がその価値観の中でうまくやっていけた。多くの人が「ちょい勝ち組=中流」だったと言える。しかし、今は違う。少数の「大勝ち組」と「その他大勢=実質負け組」になってしまった。これにより、「恋愛資本主義」はその価値観を保てなくなり、崩壊する。
一方、とっくに「恋愛資本主義」社会からはじきだされているオタクは、すでに2次元世界の「萌え」に救いを見出している。脳内で理想の愛を貫くことが出来るからだ。この辺の主張は一般にはかなり危ないと思われるだろうが、3次元に絶望すれば行き着くところはそこしかない。好きでやってるんじゃなくって、そこに追い込まれてしまってるんだよ!って主張はその通りだと思う。
本書ではこれをさらに推し進めて、2次元の「萌え」により本当の意味での愛とは何かに気付き、3次元にも愛を取り戻すことが出来るはずだ、という願いが込められている。多くの人にとって現実はそこまで酷くないし、「萌え」だけで愛が取り戻せるとも思えないが、信じてみたくなる。それがこの本の魅力だろう。
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その他雑感を。
不幸を煽って救いの道を示すところは宗教的である。すでに不幸と思っている人には救いとなるが、現状がそれなりに幸せな人には、気付かなくて良い不幸に気付く恐れがあるのであまりお勧めできない(^^;
「萌え」概念の発生過程を紹介する中に、少女漫画/アニメに関する記載が欠けているのは惜しい。だからと言ってこの本の主張自体に大きな影響はないので、どうでも良い事ではあるのだが、オタク的にはひじょーに気になるのであった(^^; 私的にはエヴァなんかよりセーラームーンの影響が大きかったからなおさら(笑)
脱オタ絶対反対の主張は気に入った。
著者の過去経歴をどこまで信用するかは微妙なところだが、実際、残酷なまでの差別があるのは事実だ。誰が何と言おうと事実だ。
妙にインテリが入った薀蓄は、嫌味寸前。知らないと今ひとつ楽しめない。が、わざと狙ってるみたいなのでよしとする。セカチュウの原作は限度を超えて酷かった(苦笑)。
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